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小説『あのころの僕等』

   
    あのころのぼくらは、若かったと思う。
   
    あのころのぼくらは、運命を信じていた。出会うべくして出会ったのだと、揺るぎない絆を放課後の距離に認めた。
   
    あのころのぼくらは、学校が嫌いだった。三人でなら、別の道を走れると思った。
   
    それでも、つむじ風のような春は、やっぱりつむじ風のように、突然止んでしまった。
   
    ぼくらはあの日から、すっかり離ればなれになった。

      「会おうぜ」
      茂(しげ)雄(お)からメールが届いたのは、土曜日の夜のことだった。すっかりSNSに移行していたぼくは、友人からメールを受け取るのなんて久しぶりだったから、危うく迷惑メールとして消してしまうところだった。
      心臓が重い鼓動を刻むのがわかった。冬の寒気が、いっそう冷たく感じられた。
      宛先のアドレスは、もうひとつあった。香(か)織(おり)のものだと、すぐにわかった。何年も経っているはずなのに、すぐに像を結ぶことができた。あいつはどんな顔でメールを読んでいるのだろう、と思った。
      堀切駅のホームから出ると、少し遠回りをして帰ることにした。河川敷の風は冷たかった。駅前の再開発をかわぎりに街はすっかり変わってしまったけれど、河川敷の道は、あのころのままだった。朝焼けの通学路を思い出した。ぼくと茂雄はしばしば学校をサボって、街に出かけて行った。香織はよくそれを咎めたけれど、結局いつもついてくることになった。
      三人はよくこの道を歩いた。どこかへ行きたかったけれど、どこへも行くお金がなかった。だからぼくらは地平線までまっすぐ延びるこの川沿いの道を歩きながら、タンポポを摘んだり、キャッチボールをしたり、安いギターで流行のラブソングを歌ったりした。もっとも、給料日前で数千円しかポケットにないぼくは、あのころと大して変わらないのかもしれない。
      いつもたむろしていた図書館前を過ぎたころ、またスマートフォンが鳴った。今度は電話だった。通話ボタンを押すと、懐かしい声が聞こえてきた。
      「よう、しろちゃん。久しぶりだな。メール見たか」
      相変わらず、たたみかけるようにあいつは言った。「見たよ」とぼくは答えた。
      「見たなら返信くらいよこせよ」
      「ごめん。懐かしんでたら時間が経ってた。突然どうしたの」
      「いやぁ、なんかな。卒アルを見返してたら懐かしくなってさ」
      なんとなく、事情があることがわかった。茂雄は嘘をつくとき、いつも声がうわずる癖があった。
      「そっか。ぼくは、いいんだけどさ」
      昔からのお人好しから了承したけれど、正直、気が乗らなかった。ぼくらはもう、友だちではなくなってしまったと思っていたからだ。
      「じゃあ。そうだな。来週はどうだ。来週、いつも会ってたさ、河川敷の……橋のたもとで。夕方くらいに」
      「お、おう。ぼくはいいけど……あのさ」
      「うん?」
      「香織は、来られるのか」
      その名を口にした瞬間、身体にわずかな電流が走ったような心地がした。香織がぼくにとってどういう存在だったのか、改めて思い知らされたような気持ちがした。
      茂雄も、そうだったのだろうか。スマートフォンのスピーカーは、しばらく沈黙していた。
      「来てもらうさ」
      茂雄は、低い声でそう言った。
      「そっか」
      それ以上は、ぼくは尋ねなかった。
      電話はそれから、すぐに切れた。
     
      短い電話で、茂雄のことを思い出した。
      茂雄にはじめて恋愛相談をされたときのことを、ぼくはよく覚えている。久々に塾に行って怒られた、その帰り道のことだった。
      「俺は、香織のことが好きだ」
      茂雄は、唐突にそう言った。ぼくはすっかりびっくりしてしまって、しばらく何も言わずに彼の隣を歩いた。なんとなく、そんな気はしていた。でも、受け入れたくはなかった。グラウンドで夏の風に揺れる彼女の美しさに、気付いているのはぼくだけだと、そう思いたかったからだ。
      「そうか」
      ぼくが短い返事を返したのは、しばらく経ってからだったと思う。
      「うん」
      と、茂雄も返したのだと記憶している。ひどく動揺していたから、記憶が曖昧だった。たしかなのはそのあと、ぼくはこう答えたということだ。
      「応援しているよ」
      親友の茂雄に対して、本心と真逆の言葉を紡いだ、最初で最後の瞬間だった。茂雄はそのとき、塾でこっぴどく怒られてから沈んでいた表情を、はじめて笑顔に変えた。いいことをしたのだ、とぼくは自分に言い聞かせた。
      あのとき、茂雄のことをぶん殴って、待ち合わせ場所に走っていたらよかった、と思うときがある。でも、あの日のぼくは、そうしなかった。あの日のぼくは、茂雄を選んだ。そのあと、いつもの場所に向かう茂雄を、ぼくはひとりで見送った。それからなにがあったのか、茂雄はそのあとも決して話さなかった。
      その翌日から、香織は、もういつもの橋のたもとに、姿を現すことはなかった。

      次に電話が鳴ったのは、夜の十一時ごろのことだった。茂雄とは違う番号だった。誰からか、すぐにわかった。
      「しろちゃん?」
      電話越しの声で、彼女のすべてを思い出した。彼女のショートヘアー、美しい横顔、夕日に映える美しい曲線、ほっそりとした白い足、そしてぼくが大好きだった、石鹸の匂い。突然に脳裏に蘇る彼女の姿に狼狽しながら、「そうだよ」とぼくは答えた。
      「……久しぶり」
      「うん。久しぶりだね」
      「しげちゃんから、電話あった?」
      「……うん」
      ちゃんと香織にも連絡したんだな――茂雄を見直した。たぶんあいつが香織と口を利いたのは、卒業式以来なんじゃないか。
      「……なんかあったのかな、って」
      「正直、ぼくもわからないんだ」
      香織の言葉に、少し安心した。香織は、茂雄の電話を取らないんじゃないかとさえ思ったからだ。
      「香織は、来るの」
      「うーん、迷ってる。しげちゃんとは、しばらくその、コンタクトを取ってなかったから」
      「そうだよな」
      香織が躊躇いがちに話すのが、受話器越しに伝わってきた。香織も、なにを話すべきか、なにから話すべきか、迷っているのだろう。
      「しろちゃんは、しげちゃんと会ってたの」
      「いや、卒業式から、会ってなかった」
      「やっぱり、会ってないよね」
      「うん。なんかさ、いつのまにか距離を置かれちゃってて。喧嘩したとかじゃ、ないんだけどね」
      茂雄はあの日を境に、ぼくと距離を置くようになった。あの日から数週間してからは、待ち合わせ場所にも来なくなった。学校をサボる理由がなくなったぼくらは、あの時期から、真面目に勉強をはじめた。三人の絆を信じて見ていた独立の夢は捨てて、別々の大学に進学した。だから、ぼくらは顔を合わせることもなかった。
      「しろちゃんは、あの日なにがあったか知ってるんだっけ」
      「なんとなく、想像はついてるよ」
      「想像?」
      「うん。しげちゃんの気持ちは、知ってたから……」
      告白されたんだろ、単刀直入にそう言った。香織がうなずくのが、雰囲気だけでもわかった。
      「そうだね。告白された。しげちゃんに。それでね、お断りしたの」
      「うん」
      「それで、ね」
      「わかってる。でも、もう何年も前のことだし。改めて会ってやってもいいんじゃないか。しげちゃんにもしげちゃんなりの、理由があると思うんだ」
      「そうだよね……ずいぶん時間が経ったね。しろちゃん、口調が大人しくなった気がする」
      そうかな、と返しながら、そうかもしれない、と思った。茂雄と香織との三人でずっと過ごしてきたぼくは、新しい環境に移ってから、最初は喧嘩続きだった。ふたりとなら許された不用意な発言がひとを傷つけていくのを前に、少しだけ、考えて話すようになったと思う。
      「いろいろあったんだね」
      大学時代のことを思い出していたら、香織がそう言った。優しい声が、くすぐったかった。
      大学に入ってからも、ぼくはしばらく香織のことが好きだった。大学で経験したことを、香織に話したいと思うことが、何度か、あった。はじめて恋人ができたときも、まだぼくの心のなかで香織は生きていて、彼女もそれを悟ったのだろう――ぼくらはすぐに別れることになった。ラストティーンの夏、香織に送るはずだったいくつかの近況メールの下書きは、いまもたぶん、どこかに残っている。
      「香織は、元気だったか。いままで」
      「うん。おかげさまで」
      「そっか」
      「ねえ、あのさ」
      香織の声色が、変わった。
      「どうしたの」
      「しろちゃんはさ。あたしがしげちゃんと付き合えばよかった、って、思う?」
      「い、いきなりすごいことを聞くな」
      「いいじゃんこの際。しげちゃんがさ、『年を取るのは悪いことばっかじゃない』って、言ってたよ。話せなかったことを話せるようになるから、って」
      「そうかな」
      ほんとうに話せないことは話せないままなんじゃないか、そう言いたい気持ちを飲み込んで、ぼくは香織の名前の映ったスマートフォンを左手に持ち替えた。
      「ねえ、どう思う」
      「よかったんじゃない。しげちゃん、いい奴だからな」
      茂雄はいい奴だ。それは、間違いない。香織と茂雄が仲良くしている姿も、ぼくは容易に想像することができる。
      「そっか」
      「うん。どうして、茂雄じゃダメだったんだ? 言いたくないなら、無理に聞かないけど。俺は、香織はしげちゃんのことが好きなんじゃないか、って思うときもあったよ」
      覚えている。河川敷で茂雄がラブソングを弾き語りしていたとき、香織はいつになく楽しそうにそれを聞いていた。ぼくはそれを前に、少しだけ、寂しい気持ちになった。
      「あのときね、あたし」
      「うん」
      「好きなひとがいたんだ」
      香織が、恥ずかしそうに、言った。変わらないな、と思った。香織は恋愛の話をするとき、決まって恥ずかしがりになった。
      「そっか。なら、仕方ないな」
      「あのときのしげちゃんとまったく同じこと言ってる」
      「ははははは」
      強がって言い切る茂雄が目に浮かんだ。
      「来週、来るの」
      香織が尋ねた。
      「うん。香織は?」
      「迷ってる。ちょっとね、急用が入るかもしれないから」
      どうやら、香織は仕事が忙しいらしい。安請け合いする性格だから、苦労も多いことだろう。
      「だからね、今日電話したの」
      「えっ」
      香織が深呼吸するのが、電話越しに伝わってきた。
      「来週会えないかもしれないから。あのね、あたしが好きだったのって、しろちゃんだったんだよ」
      それからすぐ、電話は切れた。ぼくはしばらく、スマートフォンを握りしめたまま、固まっていた。手の平がしめって、喉が渇いた。
      茂雄、お前は正しいかもしれない。
      年を取るのは、悪いことじゃないな。

      なんとなく仕事をしているうちに、約束の日はすぐにやってきた。澄み切ったきれいな青が空高く伸びていて、河川敷に向かう道にははやくも春の陽気が感じられた。コートを脱いでしまおうか、と思った。
      今日、ぼくは、茂雄と香織に会うのだ。えもいわれぬ緊張感がぼくの胸を締め付けた。行く途中にあるコンビニの窓ガラスで、何度か髪型を確認したりした。大人げないな、と思う反面、高校時代に帰ったみたいで、なんだか楽しかった。
      河川敷は午後の陽気に包まれていて、ランニングをするひとがちらほら見えた。あのころはよく駆け上がった階段を、息を切らしながらぼくは登った。坂の上から橋のたもとを見下ろすと、すぐに人影が認められた。遠くからでも、茂雄だとわかった。待ち時間に歩き回る癖が、そのままだったからだ。ぼくはそのまま河川敷の草原を駆け下りて、彼のところへ向かった。
      「茂雄」
      ちょっと大きな声で呼ぶと、彼は振り向いて、こちらに駆け上ってきた。はすっぱな笑顔も、そのままだった。少し太ったみたいだった。
      「しげちゃん、久しぶりだなあ」
      「おうしろちゃん。ちょっと髪が薄くなったか?」
      「お前こそ、太りやがって」
      それからぼくらは肩をたたき合って、積もる話をした。いまの仕事の話や、大学時代の話、いまの交際状況などなど、話そうと思えば無限に続いた。
      「それにしてもどうしたんだ、突然」
      「いやぁ、さ。久々にお前らに会いたくてよ」
      「まあ、それはいいと思うけど」
      「香織は来られなそうかな」
      「わかんないさ。もう時間は過ぎてるけど。忙しいみたいだから、気長に待とう」
      「そうだな。ま、あいつは忙しいよな」
      納得したように茂雄はうなずいた。それから河川敷の土を蹴っては戻す遊びを、だらだらと続け出した。ぼくもそれに続いた。革靴がすぐに汚れた。
      「香織かぁ、懐かしいな」
      つぶやくように茂雄は言った。
      「ああ。茂雄、ベタ惚れだったよな」
      「フラれたけどな。好きな奴がいるって」
      茂雄が懐かしげに言った。
      「……先週、香織に聞いたよ」
      押し出すように言葉を紡いだ。茂雄が驚いたようにこちらを見た。近くにある中学の部活の集団が、声を上げながらぼくらの横を通り過ぎて行った。時間が、少しゆっくり過ぎていくような感じがした。
      「そうか」
      茂雄はそう言うと、それ以上なにも尋ねなかった。ぼくは、ずっと気になっていたことを、尋ねることにした。
      「茂雄、お前、なんかあったのか」
      「あ?」
      茂雄は怪訝そうにこちらを向いた。おそらく、まだ高校時代の回想中だったのだろう。きっと先週のぼくと同じように、香織の影を夢想して。
      「俺さ、脳腫瘍なんだ」
      のうしゅよう、ノウシュヨウ、脳腫瘍……同じ言葉が、何度か頭のなかを巡った。健康そのものに見える茂雄に、その言葉はひどく似つかわしくないように思われた。
      「場所が……悪いんだって。だから、まあ簡単に言うと、リスクがゼロじゃないんだ。だから、手術前にお前らに会いに来た」
      「そうだったのか」
      なにかある、とは思っていた。けれど、当たり前に、生きていることが当たり前のように感じていた友人が、そんな状況にいるなんて、想像してもいなかった。いや、いまでも受け止めきれていない。
      「そいでさ、お前らに謝りたくて。俺のせいで、三人、バラバラになっちまったから」
      「謝る必要なんかないさ」
      「ま、三人揃ってからだな。そういうのは。お前らもなんか言いたいことあったら言っていいぞ」
      茂雄が気まずそうな顔でこちらを向いた。ぼくは笑顔で流しながら、香織が来たらなにを言うかを考えた。
      「ぼくは……香織が好きだった」
      そう言うと、茂雄がこちらに振り向いた。昼下がりの太陽が、優しそうな彼の顔を照らした。
      「そっか」
      「うん」
      「だったら言ってやったらいいさ。どうせいままで離ればなれだったんだ。今更どうってことないさ」
      「そうだな」
      封じ込めてきたものを、放とうと決めた。ぼくらはあの日から、やり直すんだ。十七歳の冬から、全部。
      ぼくらはそうして、静かにほほえみ合った。
     
      しかし、どれだけ待っても、香織が河川敷に姿を現すことはなかった。
      「忙しいの、かな」
      ぼくがそう言うと、茂雄は首を振った。もう日は沈みかけていて、中学の部活集団は片付けをはじめていた。きっとあそこにも、初恋があるだろう。茂雄は諦めたように言った。
      「会いたくないのさ。俺が電話したときも、迷ってたからな」
      「茂雄……」
      茂雄はそう言うと、河川敷の坂を登り出した。ぼくもそれに続いた。
      「平気か」
      と、ぼくは尋ねた。
      「平気さ」
      と、うわずった声で茂雄は答えた。
      ぼくらは言葉を失ったまま、河川敷の上の砂利道を歩いて行った。鉄道橋越しの夕日が、パンタグラフが過ぎるのに合わせてチカチカと明滅した。高校のころと同じ風景だった。
      ぼくらは、やり直すことはできなかったらしい。茂雄の背中はひどく小さく見えた。
      「飲みに行くか」
      ぼくはポケットの頼りない数千円を掴んで茂雄に話しかけた。
      「手術前だからな。またな」
      またな、と答えて、ぼくは急に悲しくなった。いままでの「またな」とは、重さが違ったように思えたからだ。ぼくは急に、香織のことがすっかり憎らしくなった。一度くらい来てやってもいいじゃないか。親友だったじゃないか、ぼくら。電話をかけようとスマートフォンに手を出してやめる動きを、ぼくは何度か繰り返した。
      駅前に続く道に差し掛かった。ぼくと茂雄はほぼ同時に、もう一度だけ、と河川敷を振り返った。橋のたもとでは、ふたりの制服の男女が歩いていた。放課後の距離が美しかった。
      「なあ、しろちゃん。俺が告白しなかったら、お前らはああなれたかも知れねえなあ」
      「やめろって」
      茂雄の肩を叩いて、ぼくはうつむきながら歩き出した。春の陽気はすっかり消えて、また底冷えする夜が訪れかけていた。ぼくはコートの襟を正して、ゆっくりと歩き出した。茂雄もぼくについてきた――そのときだった。
      「あっっ」
      と、茂雄が声を上げた。懐かしいシルエットとすれ違ったのは、それとほぼ同時だった。
      ぼくらは、振り返った。夕焼けをバックに、そのひとも、振り返っていた。
      茂雄が駆けだした。
      ぼくも駆けだした。
      あのころと同じ、石鹸の匂いがした。

   
    あのころのぼくらは、若かったと思う。
   
    あのころのぼくらは、運命を信じ直すことにした。
   
    あのころのぼくらは、会社が嫌いだった。三人でなら、別の道を走れると思った。
   
    つむじ風のような春に、しがみつくように。
   
    ぼくらは、あの日の続きを生きている。

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