スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

3月, 2020の投稿を表示しています

優しい歌を聞くと

優しい歌を聞くと 泣いてしまいそうになる その優しさに心が解かれて そしてもう一度 泣いてしまいそうになる 解かれた心が 優しい歌のあの彼岸に もう 手が届かないことを知って 優しい歌が好き 優しい歌が嫌い

異国の店と私

 疫病の混乱で国内がざわつく中、ぼくは別の報に肩を落としていた。留学時代に足しげく通ったドイツ・ケルン郊外のビアガーデンが、閉店したというのである。  Planet Hürth……店の名前である。スーパーと学生寮があるくらいの小さな駅にその店はあった。ケルン中央駅からトラムで30分もかかるうえ、これといった名所もないところだから、その店を知るひとはほぼない。地元の人々に愛される店だった。  留学したてのぼくは、ドイツ語も、地域のこともほぼ知らなかったものだから、しばらくは学生寮で勉強や研究をして過ごした。しかし入国して少し経ったころ、そろそろ勇気を出して、寮近くの店を探索してみようと思い立った。そのときに入った一軒目が、Planet Hürthであった。  扉を開けるとカウンターには小太りの店主がたたずんでおり、客はまだいないようだった。のちに彼の名前はディエターさんというのだと知った。  勉強しているとはいえ、やはりメニューはほぼ読めない。ぼくはさしあたりビールを頼んだ。食事もカリーブルストくらいしか知らなかったものだから、それを注文した。ビールも食事もとてもおいしかったが、それを伝えるすべがなかった。ディエターさんもぼくがドイツ語ができないことは察しているようで、とくに話しかけてくることもなかった。  しばらくすると、そこに客が入ってきて、隣のカウンターに座った。その客は英語が話せたものだから、少し雑談したのち、ぼくは思い切って食事の感想の伝え方を教わることにした。客はさまざま例を出して教えてくれた。ディエターさんがほかの客に食事を提供して戻ってくると、ぼくは会計をして、最後、「おいしかった」と伝えた。ディエターさんはそのときはじめてぼくに笑いかけた。「ダンケシェーン!」と豪快な挨拶をして、ぼくが玄関を出るまで見送ってくれた。これがディエターさんとの出会いである。  それから、ぼくはその店に足しげく通うことになった。とくにゼミナールがあった水曜日の夜や、学食に行けない土曜日などはほぼ毎週店を訪れた。ドイツ語の上達が遅かったものだから最初は挨拶だけだったが、だんだん小話くらいができるようになった。ドイツ語の日常会話はここで教わったといっても過言ではない。ディエターさんはぼくが店を訪れるたび、「Gut?(万事OKかい?)」と尋ねてきた。店にいるとぼく